明日、2006年4月1日で創業30周年を迎える Apple Computer。この日を記念して新製品の発表が行われるのではないかと、定期的なイベントや内部情報の流出がある度に起こるように、今回もまたさまざまな憶測が飛び交っています。
Apple ファンにとってはあたりまえの光景ではありますが、そうでない人からすれば、ある意味異様な光景に見えるかもしれません。
でもこの辺りに、ほかの企業との違いを感じるのです。
製品発表の場で、言わば自社商品の売り込みの場で、スタンディングオベーションが起こる会社とうものがそれほど多く存在するでしょうか。Steve Jobs のプレゼンテーションスキルやカリスマ性がひとつの大きな影響を与えていることに疑いはありませんが、きっとそれ以外にも、あの熱狂の要因は潜んでいると思います。
今回30周年を迎えるにあたり、Cnet にて特集記事が組まれていました。
アップルコンピュータ誕生から30年–盛衰を振り返る – CNET Japan
この中で、なぜ Cult of Mac と呼ばれるほどの熱狂的ファンを獲得したかについて、次のような記述がありました。
Wired Newの「Cult of Mac」コラムを執筆し、同名の著書もあるLeander Kahney氏によると、「当初は意識的なマーケティング戦略だった」という。「IBMに対抗してビジネスを展開するAppleは、Macを差別化するために、常にカウンターカルチャー的な、大企業や体制に代わる選択肢としてMacを売り込んだ」(Kahney氏)
もちろん、Appleファンはマーケティングのことなど気にしていなかった。「彼らにとって、Macは合理的な選択肢であり、最高のコンピュータだったというだけだ」(Kahney氏)
反抗的な態度というのは、熱狂的な支持を集めるのに、初期段階(何かを始める段階)においては、大きな役目を担うと思います。反抗的であるということは、ある意味その熱狂に参加する人を限定するという行為であり、それに賛同する人とそうでない人とがはっきり分かれ、明らかな敵を作ることにもなります。それでも、その構図が参加した人々を大きく前へ進める。
個人的にこの記事で一番大切だと思うのは、その流れがユーザーにとって必然的だったというところ。単に反抗的な態度を示し、何か大きな存在に敵意をむき出しにし、批判することだけでは、それは虚しい行為にしか映りません。
細部にわたるまでの徹底的なこだわりとある種の美意識のようなものが、哲学と呼ばれ、そしてその信念が認められた時、人々が賛同し、熱狂が生まれる。人々に、現状で満足してはならないということを伝え、気づかせ、その不満を解決するためのすばらしすぎる代謝案を提示し、その先にあるビジョンを語る。そうすることで、人々は必然的に、その製品やサービスを支持するようになる。
カウンターカルチャー的な戦略とハイクオリティな製品やサービスがギークたちに「カッコイイ」と認められ、その後広く知られるようになり、やがてキャズムを超えてなお多くの人々に「カッコイイ」と認められるようになる。少なくとも iPod はそういう道を辿っていると、僕は捉えています。
では、その必然へと続く流れが起こるために必要なものは何なのでしょうか。
僕は、それを「図々しいほどのビジョン」だと思っています。
押し付けと捉えられても仕方がないほどの、強いビジョン。「自分なら絶対こうする、みんななんでこんなやり方で満足しているんだ!」
極端に言えば、「世界がこうなればもっと良くなるのに」という一方的な思い込み。そんな強いビジョンが行動に結びついたとき、人々の参加が必然的に起こるのではないでしょうか。
自分自身が実際にそういうことを成し遂げて来たわけではありませんが、少なくともそのような道をたどり、大きな必然が起こる瞬間を目撃してきました。それは幼いころから見続けて来た Apple であったり、身近に存在した会社であったり。
だから自分も、自分の抱く理想に関しては、堂々と発信していきたいと思います。それはきっとすべての人に受け入れられるものでは無いだろうし、理想主義者、楽天主義者と受け取られるかもしれない。それでもその意思を貫いていく中で、生まれるものがあると信じたい。
特定の環境に依存するインターネットから、もっと自由なインターネットへとユーザーを解放したい。そんな「勝手な」僕の思い込みから始まり、設立された messaliberty。まだまだ創業1年にも満たない小さな会社です。
それでもまずはビジョンを語ることから、具体的な行動に結び付けていこうと思います。

